札幌高等裁判所函館支部 昭和43年(く)2号 決定 1969年1月06日
少年 T・M(昭二四・六・一八生)
主文
原決定を取消す。
本件を函館家庭裁判所に差戻す。
理由
本件抗告の趣意は、附添人弁護士佐藤堅治郎提出の抗告申立書、同理由書記載のとおりであり、その要旨は本件の被害者は、少年とともに飲酒し酪酊のうえ上半身裸体同然の姿となり本件非行を誘発した過失があり、かつその後少年を宥恕する意思を示しており、他方少年は非行歴があるとはいえこれまで在宅による保護処分をうけたことがなく、少年の保護者側殊に実兄T・Zは少年の経営にかかるバーを廃業させ少年がかねてより身につけてきた大工職に専従させることを誓い、かつ少年の指導監督に責任をもつ旨を約しているのであり、少年の保護、矯正は敢えて収容処分によるまでもなく在宅保護処分によつて充分可能であり、従つて少年を特別少年院に送致した原決定は著しく不当であるというのである。
よつて按ずるに、本件少年保護事件記録および少年調査記録によつて認められる本件非行の罪質、少年の生活態度、保護者側が少年に対してきた放任姿勢等を綜合すると、原決定が示す処遇の事由はあながち首肯しえないものでもない。
しかし前掲各記録に当裁判所における事実取調の結果を参酌して判断するに
(1) 少年は、中学卒業後ひきつづき大工職として稼働し、右職に適応して腕を上げ相当額の日当を得るほどになり、殊に昭和四二年一〇月大工棟梁の○原の下で稼働するようになつてからは収入も一ヶ月約五万円となり、少年自身も将来独立営業することをめざして熱心に働いていたこと、
(2) 少年は、昭和四三年五月、亡父T・Nの遺産中自己が取得した土地の売却代金約一三〇万円を○野志○子に支払い、○野が経営していたスナツクバー「○ス○リ○」の営業譲渡をうけたが、その後も右バーの営業形態は○野がすべてをとりしきり少年は小遣として若干の金員を渡される程度であつて、少年がその年齢に不相応で福祉上好ましからぬ風俗営業を自ら実質上主宰しているとはみられないこと、
(3) 少年は、昭和四三年四月頃、実家を出て借家暮しを始め、まもなく前記○野(昭和一〇年一一月生、夫と別居中)と同棲するに至つたが、○野は月のうち相当日数を実子三名が生活する家で過し、その間少年も実家へ帰り、前記同棲生活の実体はそれほど緊密なものとはいえず、かつ少年は○野に寄食して無為怠惰な生活を送るとか自己の性的欲望の充足のみを目的として○野と同棲したものとは認め難く、右同棲の一事をもつて少年の生活が乱脈であるとか行動が放縦であるとまでは断定しえない。そして右のごとき変則的な同棲は、バー「○ス○リ○」の経営、少年および○野の将来の生活設計を中心として右両名に適切なる調整、指導を施すことによりこれを解消させることはさほど難事ではないこと、
(4) 少年は、これまでに恐喝、傷害各保護事件において二回にわたり不処分をうけたほか、本件強姦致傷事件とほぼ並行して審理された傷害保護事件についても不処分とされた非行歴を有するものの、試験観察ないし保護観察に付されたことがなく、しかも不処分とされた前掲各所為はいずれも少年の短気な性癖の発現であつて反社会性の程度は低いこと、
(5) 他面深夜までバーを飲み歩いていた被害者にも過失があること、
以上の事情が認められ、右事情に当裁判所における事実取調の結果明らかになつた事実、すなわち、少年は○野との同棲関係を清算し、バー「○ス○リ○」の経営については実兄T・Zに一切を委託し、自らは大工○原の下でその技能を生かせて働くことを誓い、○野においては、少年との同棲が不自然であり将来少年と結婚することはおよそ不可能であることを自覚し、従前の同棲関係を絶つ方向に進みたいとの意向を披瀝し、実兄T・Zも、前記バーにつき存廃いずれにせよ、少年に代つて責任をもつことおよび少年に対する監督を強化することを確約し、少年が更生できる見通は明るいことを綜合すると、少年に対し在宅のままで家庭裁判所調査官の観察に付し、その成果を検討した後施設に収容しても遅きに失せず、あるいは適切な環境調整を指示して保護観察に付することにより少年保護の目的を達しうる可能性は大きく、いま直ちに少年を特別少年院に送致するのはいささか早計に過ぎるきらいがあり、結局原決定は処分の著しい不当があるというべきである。
してみると、本件抗告は理由があり、少年法三三条二項により原決定を取消し本件を函館家庭裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鈴木潔 裁判官 山口繁 裁判官 今枝孟)